文部科学省の最新の調査で、子どもの不登校やいじめ、暴力件数の増加など、様々な教育課題が明らかになっています。
「学校における働き方改革」をより一層進めながらも、こうした諸課題に対応するための施策やそれを実現するための教育予算はしっかりと編成されているのでしょうか。教育現場の現状をデータで紹介しながら、本年8月に公表された「令和6年度文部科学省概算要求」の内容をみていきます。
2023年10月、文部科学省は「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の結果を公表しました。
調査は児童生徒の問題行動等についての状況を調査・分析することで、児童生徒の問題行動等の未然防止、早期発見・早期対応、また、不登校児童生徒への適切な支援につなげることを目的に実施されています。
不登校、いじめ、暴力行為
いずれも過去最多を記録
まず、22年の小中学校における長期欠席者数は、46万648人と前年比で約1割増加しました(図表1)。
このうち「不登校」を理由とする者は約30万人に上ります。児童生徒1000人当たりの不登校児童生徒数は31.7人で、前年比で2割以上増加しています。特に不登校児童生徒数は10年連続の増加で、過去最多となっています。
次に22年の小中高特別支援学校におけるいじめの認知件数の合計を見ると、68万1948件と前年度に比べ約1割増加しています(図表2)。
学校種別の1校当たりの認知件数は、小学校28.5件、中学校10.9件、高等学校2.8件、特別支援学校2.6件と、いずれの校種も増加傾向にあります。
最後に22年の小中高等学校における暴力行為発生件数の合計は、9万5425件で、前年度から2割以上増加しています(図表3)。
特に小学校では3割近く増加しており、過去最多となっています。形態別では、いずれの校種においても最も割合の高い「生徒間暴力」の増加が顕著に表れています。
調査結果を受けて実施する
文部科学省の主なとりくみ
23年8月に公表された「令和6年度文部科学省概算要求」では、調査で明らかになった諸課題に対応するための様々なとりくみのための予算が要求されています(図表4)。
例えば、不登校の児童生徒の学びの場等を確保し、学びたいと思った時に学べる環境を整えるための「学びの多様化学校」の設置促進のために3億円を計上。落ち着いた空間で学習・生活できる環境を確保するための「校内教育支援センター」(スペシャルサポートルーム)の設置促進のために5億円、その支援体制強化の予算が8億円となっています。
また、小さなSOSを見逃さず、不登校を未然に防ぐため、1人1台端末を活用して心身の健康観察を実施するために6.4億円を計上しています。さらに、教育相談支援体制を充実させるための予算を90億円。スクールカウンセラーの重点配置校数を600校、スクールソーシャルワーカーの重点配置校数を1000校増加させ、保護者学習会等の実施も支援するなど、当該児童生徒だけでなく、その保護者も含めて支援する体制の構築をめざしています。
23年4月に文部科学省が公表した「教員勤務実態調査(令和4年度)」の速報値によると、教員の平日一日当たりの勤務時間は、小学校10時間45分、中学校11時間1分で、それぞれ6年前の調査よりも約30分減少しました(図表5)。
文部科学省によると、ICTを活用した負担軽減策や学校行事の縮小などの影響もあって勤務時間は減少したものの、依然として長時間勤務が課題であるとしています。
総在校等時間の分布をみてみると、国が残業の上限とする月45時間を超えるとみられる教員の割合は、小学校64.5%、中学校77.1%。「過労死ライン」といわれる月80時間の残業に相当する可能性がある教員の割合は、小学校14.2%、中学校36.6%となっています。
教職員定数の改善や
支援スタッフの充実
教職員一人ひとりの負担軽減のため、令和6年度概算要求では新たな人員配置のための予算も計上されています(図表6)。
まず、小学校高学年における教科担任制の強化のために1900人、小学校における35人学級の推進のためなどに3610人の増員を見込みます。25年度まで小学校全学年での35人学級を実現するため、24年度は第5学年の学級編制の標準を引き下げます。
多様な人材の連携によって、学校教育活動の充実と働き方改革を実現するための予算も組まれています。
教員に代わって様々な事務作業などを担う「教員業務支援員」の配置拡充のため、前年比約2.3倍の126億円、学習サポートなどをおこなう「学習指導員」などの配置拡充のために45億円を計上。副校長・教頭の厳しい勤務実態を踏まえ、「副校長・教頭マネジメント支援員」を新たに配置します。
さらに教員養成大学などの機能強化、民間企業と連携した人材確保のための事業を推進し、「教員不足」の解消、教職員集団の多様性を高めていくとしています。
小中学校におけるいじめの認知件数、暴力行為の発生件数は、近年増加傾向にあります。さらに不登校者数は10年連続の増加と深刻な状態です。
文部科学省は、23年3月に不登校対策として「COCOLOプラン」を発表、令和6年度概算要求で、「学びの多様化学校」の設置や運営支援、1人1台端末を活用した「心の健康観察」などを導入するとしています。
民間のフリースクールなどに頼るのではなく、国が率先して不登校の子どもに寄り添うという意味でも「学びの多様化学校」は重要なとりくみです。23年8月時点では全国24校と少数であるため、今後の動きに期待します。
「心の健康観察」については、ハイリスクの子どもに教員やスクールカウンセラーが対応する「発見モデル」に留まらず、自分のストレスについて知り、対処法までを学ぶツールにしていくことが大切です。つらい時に相談することは恥ずかしい事ではなく、問題を解決する有効な方法であると、小学低学年から学ぶことも必要です。
同時に教職員のメンタルヘルスも心配です。「令和4年度学校教員統計調査」によると、小学校教員の定年外離職率は、15年度34%、18年度38.4%、21年46.9%と年々増加しています。このうち1割は精神疾患が理由です。「心の健康観察」をきっかけに、教員とスクールカウンセラーが共働で「心の健康授業」を実施する流れが生まれれば、教職員自身がストレスやその対処法を身につける機会にも繋がります。
およそ10年ごとに学習指導要領が改訂される中で、教育課程が過密になることを意味する「カリキュラム・オーバーロード」がかねてより問題視されてきました。この問題を標準時数の変遷という観点で考えるオンライン講演会が23年10月8日に開催されました。
はじめに、司会を務めた東京学芸大学現職教員支援センター機構教授の大森直樹さんから、今回の講演会の趣旨と議論の前提として、1968年から2017年にかけての指導要領改訂により、5度にわたって標準時数が見直された経緯が説明されました。
「現行の総時数1015コマは、いわゆる第一次ゆとり教育と揶揄された1977標準時数と同レベルでありながら、平日1日の時数で見れば、過密だと批判が多かった1968標準時数を上回っていることに注目するべきだ」(大森氏)
また、大森研究室が全国の教職員487人を対象に実施した「各期の標準時数が子どもの生活に合っていたか」を尋ねるアンケートでは、1989標準時数を「合っていた」「やや合っていた」とする回答が全体の7割以上と最多で、現行の2017標準時数が最も「合っていなかった」とする回答が9割に上ったと報告が行われました。
続いて3人の教職員が順番に登壇して、学校現場から見た標準時数の変遷についての見解と、各自が考える問題点や、次期学習指導要領に期待する点などについて自論を交えて講演しました。
これまで5パターンの標準時数を経験してきた、兵庫県の小学校教諭・永田守さんは、1977年から指導要領が改訂されるたびに現場の多忙感が増していると印象を語り、教員と児童の両方が現在の学校生活に余裕がないと感じている実態を訴えました。
「標準時数と教育内容は『腹八分目』が理想。現行の週30時間を24時間ほどに削減してもらいたい」(永田氏)
北海道の小学校教諭・水本王典さんも同じく5つの標準時数を経験しています。週5日制に加えて、教科の授業時数が最も少なかった1998標準時数の当時が、最も学校にゆとりがあったと振り返ります。
「今は4年生以上でほぼ6時間、1年生でも5時間授業。子どもたちにとって大きな負担だ」(水本氏)
また、神奈川県の小学校教諭・水野佐知子さんは、自身が経験した3つの標準時数のうち、1998標準時数の頃がもっとも職員室の雰囲気に余裕があったと語りました。また、水野氏は2017年の改訂によって、授業内容とその進め方への締め付けが厳しくなっていることを指摘して、学習指導要領を絶対視しすぎている昨今の学校現場の風潮に異を唱えました。
登壇した全員が、子どものゆとりある学びのためには、標準時数の削減が必要であり、時数の見直しにあたっては、学習内容の精選が不可欠だという認識で共通していました。