新型コロナウイルス感染症(以下「感染症」)による経済への影響が広がる中、7人に1人と言われる日本の「子どもの貧困率」の上昇が懸念されています。そこで、2021年3月14日、東京都立大学教授の阿部彩さんと、大阪府、兵庫県、神奈川県の小中学校に勤務する現役の教職員によるオンライン座談会を実施しました。
今回の特集では、座談会をもとに、感染症が学校現場や子どもの貧困の状況にどう影響を及ぼしているのかを探ります。
東京都立大学教授、子ども・若者貧困研究センター長。専門は貧困の測定。社会情勢において子どもの貧困がどのような状況にあるのかを長年研究している。
採用8年目、1児の父。就学援助率の高い地域の小学校で、子どもや保護者と寄り添いながら日々奮闘中。
所属校には外国にルーツのある子どもが多数在籍。地域と連携し、多文化共生の教育活動を実践している。
3学年の学年主任。経済格差で子どもの進路に大きな影響が出ることを実感するなど 苦悩の一年を過ごした。
ー昨年3月、感染症の影響で突然の全国一斉休校となりました。再開後の学校はどんな様子でしたか?
再開は5月の後半でしたが、単学級なので学年ごとに登校日を分けていました。一斉登校できるようになったのは6月からです。
勤務校の中学校では、6月から各学級の人数を半数ずつにし、午前と午後の分散登校にしました。すると、子どもの発案で午前と午後のメンバー間で黒板を使ったメッセージのやりとりが始まりました。
2019年の厚生労働省調査によれば、17歳以下の子どもの貧困率は13.5%です。コロナ禍の前からすでに、全国平均で7人に1人、つまり1クラスに5、6人は相対的貧困の状態にあります(グラフ1)。学校現場への影響はどう見ていますか?
家庭の経済環境の影響は大きいと感じます。勤務校の小学校は3、4人に1人はコロナ以前から生活保護や就学援助を受けている家庭です。やはり、遅刻が多くなったと教員から聞いています。遅刻する子に朝、電話をして担任が自宅まで迎えにいくケースもあります。家庭学習の環境も整っていないので、昼休みや放課後に担任が個別対応するなど、教員の負担も大きくなっていると感じます。
中学校では進路の問題が出ています。今年度、中学3年の担任でしたが、受験料や授業料が用意できないとの理由から、私立から公立に志望変更した生徒が複数いました。その影響か、公立高校の倍率が例年より上がり、志望校のランクを下げる生徒もでてきました。経済的な事情で希望する進路を選択できない子どもは以前から一定数いましたが、コロナ禍でより顕著になったと感じます。何ともやり切れない思いです。
感染症の経済的影響は、今後さらに大きくなると思います。近年、子どもの貧困率が最も高くなったのは2012年の16.3%です。これは09年のリーマンショックの影響と言われており、時間差があることが分かります。今回はこれを上回る影響があると予測されていますから、それに備え、教育環境や支援体制を整備しておくことが重要です。
昨年は家庭とのコミュニケーションにも苦労しました。本校の学区(校区)には外国にルーツのある子どもが多くいます。こうした家庭は、学校とのつながりがなくなると地域から孤立しやすいことを実感しました。例えば、日本語が分からず特別定額給付金の申請ができないなど、必要な支援にアクセスできない情報格差の問題もあります。
勤務校の敷地内にある夜間中学校には、南米や東南アジアからの生徒が増えているのですが、休校中、連絡したくても伝達手段がない、というケースも多かったです。
言葉の壁は本当に大きいですね。日本語指導を必要とする子どもが増えるにつれて、保護者とのやりとりも複雑、困難になってきています(グラフ2)。コロナの正確な情報を伝えるために、多言語化された資料を持って担任が各家庭を訪問し、身振り手振りを交えて説明した、ということもありました。
外国籍のひとり親家庭の生徒の進路相談で、保護者の寂しい顔を見て胸が痛みました。保護者は日本語が話せないので、面談で子どもの通訳を介しての会話をしているうちに「私は子どものことを何も分かってあげられない」と。教育委員会から通訳を派遣してもらえることもありますが、支援体制は不十分です。
そうした家庭ほど、貧困状態に置かれやすいと言えます。例えば、「ひとり親」家庭の子どもの貧困率は48.1%に上っています(グラフ3)。厳しい状況に置かれやすい家庭に重点的に支援を届ける体制づくりは不可欠です。
「GIGAスクール構想」の前倒しで、1人1台タブレット端末が支給されました。教員自身も初めてのことで、設定など戸惑うことばかりですが、そうした専門外のことまですべて引き受けざるを得ません。教職員自身もしんどくて、疲労していくことが子どもに影響してしまわないか心配です。
他機関と連携する際にも課題があります。生徒の家庭を行政の福祉部局や社会福祉協議会につなぐことがありますが、保護者に手続き能力がなかったり、言語の問題で内容が理解できなかったりして申請を諦めてしまう。教員が常に付きっきりでサポートするには限界があります。
13年に「子どもの貧困対策法」が成立し、福祉領域はスクールソーシャルワーカー(SSW)が担うという方向性が示されました。教員がすべて抱えるのではなく、SSWなどの専門職と連携できる体制を早急に整える必要がありますね。
SSWという名前は聞いたことはありますが、実際に顔を合わせたことはありません。事務職員は就学援助制度などお金に関わることを扱うので、支援制度に詳しいSSWはありがたい存在だと思います。もっと広まってほしいです。
SSWが社協に同行して保護者をサポートしてくれたおかげで支援が受けられたことがありました。ただ、常勤ではないので、スムーズな連携には事前に相談が必要なのです。ぜひ学校に1人常駐してもらいたいです。
国レベルでは、SSWが子どもの福祉を担当する、要保護児童対策地域協議会をつくり、大変な状況の子どもを支援するなどのモデルが提起されています。ですが、学校現場で十分に機能していないことが改めて浮き彫りになりました(グラフ4)。国や地方自治体には、専門職やコーディネート人材の確保・育成などのための予算や体制整備を進めてもらいたいと強く思います。
国や自治体による主な支援制度をご紹介します。各制度ともこれまでは前年度の所得などをもとに金額などが認定されていましたが、家計急変で非課税相当となった世帯も対象になる場合があります。詳細は居住地の都道府県・市町村ウェブサイトなどでご確認ください。
経済的な理由により児童・生徒の小・中学校(義務教育)への就学が困難な家庭に対し、市町村が学校給食費や学用品費等の費用の一部を援助する制度
生活保護法に規定する「要保護者」に区分される家庭または各市区町村の独自の基準で「準要保護」に区分される小・中学生のいる家庭
援助される費目や金額は各自治体によって異なるため、居住地の自治体のウェブサイトなどで要確認
国公私立問わず、高等学校等に通う生徒に対して支援金を支給し、家庭の教育費負担を軽減
高等学校や専修学校高等課程等に在籍している者
※保護者等の市町村民税所得割額が30万4,200円以上の者を除く
11万8,800円(年額)
※私立高校等に在学している者は保護者の市町村民税所得割額に応じて加算
就学が困難な高校生等がいる低所得世帯を対象に教科書費、教材費、学用品費などの授業料以外の教育費負担を軽減するために給付金を支給
高校生等がいる生活保護受給世帯または都道府県民税所得割額及び市町村民税所得割額が非課税の世帯
生活保護受給世帯:3万2,300円、非課税世帯(全日制等)11万100円〜、非課税世帯(通信制)4万8,500円〜
※上記は国の補助基準。各都道府県で異なるため、居住地の都道府県ウェブサイトなどで要確認
低所得世帯の子どもに対し、大学や専門学校などに進学する際に入学金や授業料が減免となり、給付型奨学金を支給
住民税非課税世帯及びそれに準ずる世帯の学生
住民税非課税世帯かつ自宅外通学で国公立大学に進学した場合、入学金約28万円と授業料約54万円を上限に減免し、年額約80万円の給付型奨学金を支給
6月に学校を再開しました。感染防止対策として、居住地ごとにグループ分けし、午前と午後で分散登校にしました。体育館や広めの教室を活用するなどして、距離を取れるように心掛けました。