子どもの貧困、外国人児童生徒の増加、いじめ・不登校、障害のある子どもへの対応……。現在の学校現場における課題は、様々な要因が絡み合い、解決が困難になってきています。今号の特集では、多様な子どもたちの状況に応じた教育を実現するためにはどうすればよいのか。様々な教育課題の現状と各自治体の事例を紹介しながら考えます。
2016年度の全国学力調査で、就学援助を受ける子どもの割合が多い学校は、平均正答率が低い傾向が示されました。就学援助を受ける児童のいない学校と、半数以上が受けている学校とでは、平均正答率に国語Aで8.1ポイント、算数Aで7.9ポイントの差が生じています。(1-1)
文部科学省によると、13年度、就学援助制度の対象となる子どもの数は全国で約151万人でした。就学援助認定率は15.42%。小中学生の6人に1人が援助を受けていることになります。調査開始の1995年度は6.1%でしたから、18年間で約2.5倍に増加しました。
こうした中、就学援助認定率が37%と、全国平均の約2.4倍の東京都足立区では、貧困と学力の相関関係に着目し、いくつもの独自の教育施策を展開しています。
「教科指導専門員制度」は、教員の授業力向上をめざし、専門員が各学校を巡回。授業内容の改善・充実のため、指導・助言するものです。
「そだち指導」では、小学校の教員免許を保持する実務経験者を区内の全小学校(69校)に配置し、学習につまづきが生じている子どもを週1時間、個別指導しています。
「そだち指導を受けた子どもの9割は、『参加してよかった、楽しかった』と感想を語り、ほとんどの児童が、3カ月程度でつまずきを解消した」と、足立区学力定着推進課の森太一さんはその成果を話しています。
専門員、指導員といった人の配置による施策の影響は、学力調査の平均正答率の向上という形で徐々に現れてきています。就学援助認定率は依然として高いものの、14、15年度の平均正答率は、全国平均を上回る結果となっています。(1-2)
90年の「出入国管理及び難民認定法」改正後、在日外国人数が増加し、それに伴い日本で教育を受ける子どもの数も増えています。14年度の「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」によると、日本語指導が必要な外国人児童生徒の数は、約3万4千人を数え10年間で約1.6倍になっています。(2-1)
愛知県には、全国で最も多い約7千人の外国人児童生徒が在籍。自治体によっては独自の施策も展開されています。このうち、加配教員を活用した別室指導などを継続しているのは、県東部に位置する豊橋市の小中学校です。
全校児童777人のある小学校では、164人の外国人児童のうち78人に別室指導を実施しています。4年生の国語の別室授業では、10人の児童を担当教員2人とタガログ語対応のスクールアシスタント1人の計3人で指導するなど、日本語習得が必要な児童の教育環境整備に努めています。
こうしたとりくみの影響もあり、市が14年度に行った進路調査では、08年度に73.3%だった外国人生徒の高校進学率(定時制や通信制を含む)が90%に上昇しました。(2-2)
しかし、その半面で気がかりな点も指摘されています。豊橋市教育委員会学校教育課の酒井憲一さんは「外国人児童生徒の市内全域への分散化、多言語化などが進み、学校現場からは、より一層の人的支援が望まれているが、市独自の財政では限界がある」と言います。
前述の調査で日本語指導の体制について各市町村教育委員会に尋ねたところ、「整備できている」との回答は約8割。つまり、約2割の子どもは、十分な日本語指導を受けられていないことになります。(2-3)
14年度に実施された「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」によると、小中学校におけるいじめの認知件数は約17万5千件。(3-1)
そのうち、重大事態の発生件数は398件でした。
認知件数の推移を見ると、12年度に前年度比約3倍に増加しました。これは、滋賀県大津市の中学生自殺事件などを受け、いじめ問題が社会問題化し、各学校で調査、把握が進んだためと考えられます。不登校に関しては、小中学生で12.3万人、割合では83人に1人でした。学級規模40人で考えると、2学級に1人は不登校の子どもがいる計算になります。(3-2)
横浜市では、いじめや不登校など、児童指導上の諸課題の未然防止・早期解決のため、「児童支援専任教諭」を10年度から段階的に配置し、14年度からは市内の全小学校(341校)へと拡大しました。全校的な視野に立って、校内の児童指導体制の中心的な役割を担う一方、小中学校間、幼稚園・保育園の連携や児童相談所・区役所・警察署などの関係機関及び地域との連携の窓口にもなっています。
同市のいじめの年度内改善率(※)は、10年度の91.2%から、14年度には99.8%へと向上。(3-3)
横浜市教育委員会事務局人権教育・児童生徒課の篠崎豊美さんは、「保護者からは、担任に言いづらいことでも相談でき、違う視点でアドバイスをもらえた、などの反響があった。調査結果を裏付けるように、学校現場からも、子ども一人ひとりに応じた、きめ細やかな支援・指導ができるようになったとの声が多く寄せられている」と話していました。
(※)いじめ認知件数のうち、年度内に「解消しているもの」と「一定の改善が図られたが継続支援中」を合わせた件数が占める割合
義務教育段階で特別支援教育の対象となる子どもの数は、文部科学省の発表で、15年には約36万2千人に上りました。このうち、「通級による指導」を受けている子どもは約9万人で、過去10年間で約2.3倍に増加しています。(4-1)
「通級による指導」とは、小中学校の通常の学級に在籍している軽度の障害のある児童生徒に対して、各教科などの指導を通常の学級でしながら、障害に応じた特別の指導を特別の指導の場で行う指導形態です。
こうした指導へのニーズが高まる中、16年4月には、「障害者差別解消法」が施行されました。同法は、障害のある人もない人も、互いに、その人らしさを認め合いながら、共に生きる社会をつくることをめざし、障害者への「不当な差別的取扱いの禁止」や「合理的配慮の提供」を求めています。
障害のある子どもに対する教育を小中学校などで実践する場合の「合理的配慮」としては、
などが考えられます。
「通級による指導」の拡充で、特別支援学校に通う子どもが普通学級で学べる可能性が出てきた中、課題もあります。全国都道府県教育委員会連合会の調査で、指導に必要な教員の配置を求める市町村からの要望の約2割に応えられていなかったのです。(4-2)
独自事業で支援員を追加配置している自治体からは、「『合理的配慮の提供』という観点からも、子どもや保護者から通級による指導の要望があったとしても、『予算がないからできない』では済まされません」と指摘の声も挙がっています。国による速やかな予算措置、教職員の配置が求められます。
「教育への投資は未来への先行投資」と言われます。社会的インフラの基盤となる役割を担う教育への投資を不断に行い、教職員は、いじめ・不登校のない安心・安全な学校づくりをめざすなど、子どもの学ぶ権利を保障するための環境を整えていくことが重要です。
こうした観点から、17年度の「文部科学省概算要求」では、「次世代の学校」づくりに向けた教職員定数の改善を図るため、10年間で合計2万9760人、17年度では3060人の定数増を図るとしています。その一部を紹介します。
大枠の部分で、学習指導要領の改訂に伴う、教育内容や教育方法の改善・充実のために580人の定数改善を要求。「社会に開かれた教育課程」の実現に向け、小学校での外国語や理科、体育といった専科指導を充実させ、アクティブ・ラーニングの視点から授業改善を図る、としています。
「多様な子供たち一人一人の状況に応じた教育」を実現するため、5つの課題を挙げ、2030人の定数改善を要求しています。中でも、「外国人児童生徒教育の充実」「発達障害等の児童生徒への『通級による指導』の充実」については、配置教員の「基礎定数化」を求めています。
「外国人児童生徒教育の充実」については、教育委員会への調査から、約2割の自治体で、日本語指導の体制が整っていないことが分かっています。つまり、7千人近くの子どもたちが、日本語指導を受けることができていません。新たな教員の配置は喫緊の課題です。その上で、自己肯定感を育むための課題などでの母語・母文化指導のとりくみも求められます。
「通級による指導」に関しても、国の加配のみでは対応できず、独自に追加配置するなどして対応する自治体が、2割以上も存在します。16年4月施行の「障害者差別解消法」では、障害者への「合理的配慮」を求めていますから、法令順守の観点からも、「基礎定数化」は当然の流れです。
「次世代の学校・地域」創生プランの推進のため、450人の定数改善を要求。中でも、「チーム学校」体制の整備を図るため、学校事務職員、養護教諭、栄養教諭などの配置充実を図るための定数増の要求がなされています。とりわけ、学校経営支援に大きな役割を果たす事務職員の配置充実は、「チーム学校」の実現を図る上で重要な課題であり、要求の実現が強く期待されます。
要求内容は、どれも複雑化・困難化する様々な教育課題に対応するために不可欠なものばかりです。学校教育の充実、質の向上のために、これらの要求が着実に実現されることを期待しています。