日本の「子どもの貧困率」(※1)は15.7%、中でも「ひとり親世帯」の子どもの貧困率は58.7%(※2)と、極めて高い値にも関わらず、教育支出における私費負担の割合はOECD各国平均の約2倍という現状があります。「経済格差の学力への影響」が指摘される中、保護者の多くもその影響を実感していることが調査でも明らかになりました。今号では、まさに今、教育現場でこうした課題と向き合っているみなさんと解決策を探ります。
※1 厚生労働省が国民生活基礎調査をもとに算出した「貧困ライン」を下回る世帯に属する子どもの割合。
※2 平成23年版「子ども・若者白書」から。
このアンケート結果を非常に懸念しています。私の経験でも、「教育困難校」である高校に通う生徒の家庭は、経済的に厳しく、進学するための学費を出せません。高校在学中に社会に出るための様々な能力を身に付けさせたいと思っても、文房具もない、副教材も買えない、さらには資格試験などを受ける費用を保護者が出せないのです。
この調査は無作為抽出によるものですから、教育困難校に限定するならば、「影響している」と回答する割合がもっと増えるのではないでしょうか。
現在の教育現場でも、経済格差の影響を感じます。
東京の都立高校の場合、進学校に通う生徒の家庭のほとんどはふたり親で、経済的にも安定しています。しかし、教育困難校や定時制高校などでは、ひとり親であることが多く、経済的にも不安定です。私の勤務する定時制高校のクラスにも、生活保護を受けている家庭の生徒がたくさんいます。そんな家庭の生徒から、納めた学費を、「一度返して欲しい」と言われたこともありました。「今月、お金が400円しかない」というのです。
今日の学力とは何かと考えると、何の疑問も持たずに知識を学び、それを積み重ねて進学という結果に結びつける「進学できる力」になっていると思います。私が勤務する小学校は、大阪でも比較的所得の低い家庭の多い地域にあります。子どもの生活環境は厳しく、進学率も非常に低いですね。経済的に余裕のある家庭は、小学校の時点から子どもを塾に通わせ、進学するために必要な知識を着々と身につけさせていきます。「親の経済力=進学できる力=学力」という顕著な例だと思います。
企業に対して、「会社が残れば市民はどうなってもいいのか」と問いたいです。これだけひとり親の経済格差があるのは、雇用の変化が生み出していることですよね。
私が受け持つ定時制高校のクラスでも、ほぼ半数がひとり親です。非正規職で生活が安定していないため、積立金が未納の生徒が多く、教員生活で初めて修学旅行が中止になる事態を経験しました。
私が印象に残っているのは、母と高校生、中学生の3人で暮らす母子家庭です。母親は長距離トラックのドライバーをしています。仕事が忙しく、家に帰るのは月に二日程度。その際、生活費として10万円程度を渡すのですが、それではとても足りません。補うために、兄はアルバイト先の飲食店で夕食をとっていたようです。昼食はほとんど食べていません。教育困難校では、栄養が十分でないと思われる体格の子どもが多く、実際にこの子もそうでした。
収入の安定した家庭の子どもは、何の不安もなく学校に通ってきます。しかし、地域の経済状況によって、親自身が働く気力を失ってしまい、不安定な家庭環境におかれた子どもは、学ぶ意欲が低下したり、問題行動をとったりすることがありますので、きちんとサポートしていく体制が必要です。
ひとり親世帯には、経済面以外に問題があります。父子世帯のある女子生徒は、襟や袖が汚れていても、時にそのまま着てくることがあります。父親は非正規で日中、夜間と掛け持ちで働いています。「自分で洗濯しないの?」と聞くと、「習慣がない」というのです。こういうことは、親の普段の姿を見ていて初めて気づくのかもしれません。
まずOECD諸国並みの公的負担にする必要があると思いますが、その際に重要なのは、「どこにお金をつぎ込むか?」ということでしょうね。
政策や予算を決定する政治家や行政関係者には、現場の正しい状況を把握してもらいたいです。
以前、ある国会議員の方に教育困難校の状況を報告したところ、インターンシップでその場にいた女子大生は、「そんな世界知らなかった」と泣き出しました。今、高校は学力で輪切りにされ、進学校や教育困難校等にはそれぞれ別の文化があり、互いを理解できていない。このように違う立場の方への理解がないことが、必要なところへ予算が当たらない要因ではないでしょうか。
日本には地域全体で子どもたちを見守り、育てる文化があったように思います。
近年、そうした地域や世帯間のつながりが薄れてきているように感じます。大阪では、子どもたちのつながりを大切にする「人権教育」が進められてきました。地域・家庭のつながりをサポートする体制を整えるため、特に人的な部分に予算を厚く割り振っていただきたいと感じています。
都立学校では、1990年代までは、進学校であろうと定時制であろうと、予算はその学校の生徒数に比例して配分されていました。ところが、2000年代に入ると、予算にも「教育格差」が生まれました。極端に言うと、進学実績があるところには教育予算が大きく配分される。定時制高校は、進学実績がほとんどないということで、なかなか予算が当たらない。平等性がなくなってしまったのです。公的な予算で、なぜそこまで差をつけるのか疑問を感じます。
国には居住地の差なく全ての子どもたちが平等に夢を描ける社会、教育環境にする責任がありますよね。
以前、私の学校に小学4年生の母子家庭の子がいました。その子は、「お花屋さんになりたい」と言っていましたが、3つもの仕事を掛け持ちして辛そうな母親の姿を見て、「もう夢とはバイバイした」と言うのです。これは決して珍しいケースではありません。
今一番、保護者の関心が高いのは「教育にかかるお金」の話です。奨学金にしても、教育ローンなみに高い利率が話題になります。こうした状況が続けば、大学に行きたくてもいけない子ども、高校進学をあきらめる子どもがもっと増えるのではないかと危惧しています。
教育は長い目で見て、日本の未来を担う子どもたちを育成する壮大な事業です。国が公的資金を投入し、しっかりとバックアップしていってもらいたいと思います。