
佐藤 弘道(さとう ひろみち)
1968年、東京都生まれ。日本体育大学卒業。93年からNHK「おかあさんといっしょ」の体操のお兄さんを12年間務める。2015年に弘前大学大学院で医学博士号を取得。弘前大学特別招聘教授、こども家庭庁「保育の魅力発信検討会」委員なども歴任。現在、親子体操の普及や指導者の育成、講演活動に尽力する。24年6月に脊髄梗塞を発症するも、リハビリを経て活動再開。自身の経験を基に、心身の健康と親子の絆の重要性を伝えている。
――幼児教育や運動指導に関わったきっかけは。
24歳の時に「おかあさんといっしょ」の第10代体操のお兄さんに就任したことが最大の転機となりました。幼児教育の経験がなかった私は、当初、子どもは言葉も通じず何も分からない存在だと思い込んでいました。しかし、実際に現場で接する子どもたちが、自分の考えをきちんと持っていることに驚かされました。「こういうふうにしたいんだね」とその思いを汲み取ったり、「分からないから教えて」と素直に尋ねたりすると、彼らは何でも教えてくれました。私にとっては子どもこそが先生でした。
――運動が苦手な子どもへの寄り添い方は。
運動を「体育」という枠内だけで捉えず、より広い視点で見守ることが大切です。おとなはどうしても逆上がりや跳び箱などの「技」の習得を急がせがちですが、幼少期に最も重要なのは、体を動かす楽しさを知ることです。特定の技ができなくても、まずは運動自体を好きになってもらうことをめざすべきでしょう。
保護者や指導者が「やりなさい」と指示するだけでは、子どもにとって重荷になってしまいます。子どもだけに強いるのではなく、共に楽しみ、共感できる時間を作ることが、健やかな運動習慣への第一歩となります。
――子どもが壁にぶつかった時はどう支えるべきでしょうか。
過度なプレッシャーは子どもの可能性を狭めます。常に心にゆとりを持てる「逃げ場」を用意しておくことが重要です。我が家でも、全教科で満点をめざすのではなく、「50点取れたら塾に行かなくていい」などのルールを決めていました。また、両親が同時に叱ることを避け、必ず一方がフォローに回るよう配慮していました。運動指導においても、常に「ピラミッドの底辺作り」を意識しています。遊びを通じて基礎的な運動能力を高めておけば、子どもは将来、自らの意思で好きな競技を選び、伸ばしていくことができます。頂点ばかりを見て結果を急ぐのではなく、広い底辺を支える環境を整えてあげることが、子どもの可能性を広げることにつながります。
――家庭では子どもと、どう接していくべきでしょうか。
親子の触れ合いは、親自身の心身の健康にも大きな効果をもたらします。私が執筆した学位論文でも触れていますが、子どもと一緒に体を動かして遊ぶことで育児ストレスが軽減され、睡眠の質が向上し、メンタルヘルスが改善されるという結果が出ています。仕事や育児で疲れていて本格的な遊びが難しい時であっても、少し抱きしめたり、手をつないで並んで座ったりするだけで、健康度は向上します。最近は、会話のないままスマートフォンを見ながら食事をする親子の姿を見かけることもあります。対話や触れ合いは脳の前頭葉を刺激し、子どものコミュニケーション能力を育むことにもつながります。日々の生活の中で、たくさん会話をして触れ合う時間を大切にしてください。
――保護者や教職員にメッセージをお願いします。
2024年に脊髄梗塞を発症し、当たり前だと思っていた日常がいかに尊いものかを痛感しました。学校や家庭であいさつを交わせる相手がいること、思い通りに体を動かせることが、どれほどの幸せであるか。日々の関わりの中にある小さな喜びを大切にし、温かな気持ちで子どもたちと向き合ってください。特に教職員のみなさんには、教育の現場に携わっているという価値を再確認してもらいたいです。私のように、教員になりたくてもなれなかった人間から見れば、みなさんはまさに「夢が叶った場所」にいらっしゃるのです。多忙な日々の中で困難を感じることもあるでしょうが、子どもたちの未来に直接関与できる素晴らしい立場を大切に、その役割をぜひ楽しんで全うしてください。