室伏 広治(むろふし こうじ)
1974年、静岡県生まれ。スポーツ庁長官。ハンマー投げ金メダリスト。高校入学後、本格的にハンマー投げを始める。中京大学体育学部、同大学大学院体育学研究科を経て、07年に体育学の博士号を取得。同大学で教鞭を振るう。04年のアテネ五輪では金メダルを獲得し同年に紫綬褒章を受賞した。14年から東京オリ・パラの競技大会組織委員会のスポーツディレクターを務め、20年より現職。
――24年夏、パリでオリンピック、パラリンピックが開催されます。
スポーツには、自己肯定感を高め、人を成長させる力があります。それは競技者だけでなく、観る人、応援する人にも作用します。
オリンピック、パラリンピックにはわずかな可能性に挑戦し、いくつもの壁を超えてきた選手たちが集まります。特にパラスポーツの選手は、「スポーツは人間の能力を開拓するもの」であることを教えてくれます。人はいったいどこまで可能性を秘めているのか、能力はどこまで伸びるのか。その挑戦をまるで自分も競技しているかのように観て参加できるのです。ともに応援しましょう。
――スポーツ庁では部活動改革にとりくんでいます。
授業で行う「体育」と、部活や地域クラブで行う「スポーツ」は、どの様に捉えられるでしょうか。
子どもの発達段階に合わせ、運動欲求に応えるために多様な刺激を与え、心身の成長に繋げるのが体育(Physical Education)の目的です。それに対しスポーツは、能力の開拓だと思います。速さや強さ、正確性、役割を決めてチームワークで競い合うことで、持てるポテンシャルを高めるのです。専門性が高く、良い指導者に恵まれれば、年齢に応じて上達することもできるでしょう。
また、分類としては、楽しんで様々なスポーツを体験するレクリエーション的なスポーツもあれば、大会で練習の成果を発揮するのを目標にした競技スポーツもあります。ところが、レクリエーション的なスポーツであっても、競技スポーツであっても、子どもの数が減り、部員数が足りず大会に出場できなかったり、学校単体では部の存続が厳しくなっていたりする自治体も出てきています。こうした状況を踏まえ、学校単位ではなく、「地域全体でのスポーツ活動」に移行させることで、生涯にわたってスポーツに親しむ環境を整えられればと考えています。
――具体的にはどのように変わるのでしょうか。
「地域の子どもは、地域で育てる」という考えの下、スポーツクラブなどの地域人材と連携し、新しい仕組みづくりを進めます。
当面は休日の部活動を地域クラブ活動に移行し、教職員の多忙化解消にも繋げたいと考えています。教職員にも家庭やプライベートを優先したい時もあるはずです。これまで通り指導したい人には「兼職兼業」という選択肢があります。教職員にも子どもにも、可能性を広げることからです。
――スポーツに関わらず指導上で大切なことは?
大切なことは子ども自身が率先して学び、自分の頭で考え、成長していけるように支えることです。そのためには、指導者が子どもたちとともに学ぶ姿勢でいることが大事だと思います。
また技術的な指導だけではなく、「こういう攻撃手法があるよ」と情報を集めて伝えたり、練習風景を撮影した動画で振り返りをしたり、一緒にグラウンド整備をしたり。子ども目線に合わせた指導者の姿勢から、子どもは自然と学び、成長していくものです。
――子育て中の保護者にメッセージをお願いします。
まずは「子どもの主体性を尊重し思うようにさせてみる」ことです。
生まれて間もない赤ちゃんの手のひらに指を置くと、誰に教えられたわけでもなく反射的に掴みます。人間にはもともと学習・成長する能力が備わっているのです。子どもが新しい何かに気づく瞬間、能力を開く瞬間を妨げずに後押ししてください。そして、子どもがあらゆる感覚器から、知覚・感知できる環境を整え、自ら最適な判断が下せるようにアドバイスすると、適応能力が高まり、学習が促進されるでしょう。
人はやり方によっては、生涯通して自らを成長させることができます。子育てからもたくさんのことを学び、ともに成長してもらいたいと思います。