冨永 良喜(とみなが よしき)
1952年、福岡県生まれ。兵庫教育大学名誉教授。博士(心理学)、臨床心理士、公認心理師。元日本ストレスマネジメント学会理事長。兵庫県心の教育総合センター長、いわて子どもの心のサポートチームSV、熊本心のケア会議SVなどを歴任し、災害における子どもたちのトラウマカウンセリングやストレスマネジメントに取り組む。阪神・淡路大震災、四川大地震、東日本大震災などで被災地の心のサポートに入った経験から、学校において、心の健康授業の普及をめざす。
――今、子どもを取り巻く状況をどうお考えですか。
3年におよぶ感染症の影響は、災害にも匹敵するほど大きなストレスを子どもたちに与えました。2022年度の子どもの自死数は過去最多となりましたが、その背後にはさらに多くの子どもたちがストレスを抱えている現実があります。深刻な事態を招いた理由はいくつか考えられます。
何よりまず、心の健康に関する教育が足りていないということです。「心の健康」や「ストレス」について学ぶ授業は、小学5年と中学1年での数時間です。つまり、多くの子どもがストレスへの対処法を学ばないまま、大きなダメージにさらされているのです。
もう一つは、学校と並んで子どもの居場所である家庭が、逆に子どもたちを追い詰めてしまう場合があることです。保護者は我が子に期待するあまり、「どうして○○できないの」と強く当たってしまいがちです。そんな保護者の期待に応えようと、子どもは無理をします。学校でも家庭でも無理して頑張り続ける状況が続いて、ストレスに耐えきれなくなるケースも少なくありません。
――ストレスを抱える子どもたちに、おとなはどう接すればよいのでしょう。
ストレスへの対処法を知らない子どもたちは、我慢するかキレるかという、両極端な態度を示しがちです。ですから、多くの場合、周囲のおとなは子どもが暴力的になるなどして初めて、その子が抱えるストレスの深刻さに気付くのです。
必要なのは、普段から子どもが「心のつぶやき」を発しやすい環境を作ることです。朝から眠そうにしている子に「ぐっすり眠れた?」と声をかけてあげれば、「実は心配ごとがあるんだ……」と打ち明けやすくなります。そんな心のつぶやきに耳を傾け、その思いに共感し認めてあげてください。
――ストレスと上手に付き合うために、どんな準備をすればよいでしょうか。
適切な感情表現を身に付ければ、怒りや悲しみといった感情と向き合い、ストレスをセルフコントロールすることができます。幼少期からロールプレイなどを通じて、自分の気持ちを相手に伝える方法を学んでおくことが大切です。また、将来において遭遇するかもしれない災害、けが、病気など、命に関わる出来事に対して、自分の心と体がどう変化し、どう対処するかを知っておくことで、非常時の助けにもなります。
重要なのは、ストレスを感じた時の対処法を子どもたちが主体的に選べるようにしておくことです。集中力を高める「マインドフルネス」や、心と体をリラックスさせる「呼吸法」など、複数のメニューをあらかじめ知っていれば、いざという時に子どもが自分に合う方法を選び、実践できるようになるでしょう。
また、最新の研究によると、人間は適度な緊張を感じることでより実力を発揮しやすくなることが分かっています。ストレスや緊張と上手に付き合えば、より高いパフォーマンスを引き出せるのです。これは、トップアスリートのメンタルトレーニングにも通じます。「心の健康教育」には子どもの自死や暴力の防止という目的だけでなく、いかに自分を高めるかという意義もあります。
――教職員や保護者に向けて、アドバイスとエールをお願いします。
保護者のみなさんには、子どもに向かって「○○しなさい」と頭ごなしに言うだけではなく、「私はこう思う」というアイ(=私)メッセージを送ってもらいたいです。あくまで子どもの主体性を損なわない関わり方が肝心です。
教職員のみなさんにとって、十分な授業時間が確保されていない中で、心の健康教育を独自の判断で実施することは極めて困難だと思います。各校の裁量において、「総合的な学習の時間」を活用して授業を実施するなど、学校全体でとりくんでいただきたいです。