王 貞治 1940年5月20日、東京都に生まれ。59年早実高卒業後、読売巨人軍入団。62年一本足打法を完成、77年大リーグ本塁打記録を破る756号を記録、現役生活22年間で868本の本塁打を放つ。84年より巨人軍監督を5年間、95年福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)監督に就任、08年退任。06年第1回WBC初代優勝監督。90年より世界少年野球大会を主宰。 |
――子どもの頃から、野球ざんまいだったのですか?
戦後の下町には、場所はたくさんありましたから、野球をやる場所には困らなかった。その日、集まる人数に合わせて野球のルールも自分たちで決めていました。三角ベース野球とかね。
――とてもわんぱくな少年時代を送られたようですね。
われわれの時代は、みんなわんぱくだったよ(笑)。学校から帰ると、カバンを放り投げるようにして置いて、広場に遊びにいったもんだよ。自分たちで遊びそのものも、どんどんつくり出しちゃう。両親も、「ああしなさい、こうしなさい」と細かいことは言わなかった。冒険心の方が先にたって、少々危険なこともしていたけれど、周りの大人はだまって見守っていて、行き過ぎたら修正するといった感じでした。
――保護者も学校や勉強のことは、先生たちに任せていたようですね。
当時は親も子も学校の先生に一目置いていました。今はその感覚が薄いのではないでしょうか。
先生も人間だからミスはする。なのに、テレビも新聞も良いことよりも悪いことばかりを取り上げてしまう。だから、ちょっと先生の腰が引けている感じがします。
昔は、たとえ先生に子どもがたたかれても、親からは「お前が悪いからだろう」と言われたものです。先生たちも伸び伸びと、おおらかな気持ちで子どもたちに接することができたから、子どもの方も悪い受け止め方をしなかった。今は、子どもにとっても先生にとっても難しい時代だと思います。
――今は、学校の先生が自信をなくしている時代でもあります。
社会全体が、もっと伸び伸びと子どもと接していける雰囲気作りをしていかなければならないと思います。子どもに直接ふれあう人たちが、色々なことを気にしないで、自分たちも楽しみながら、子どもたちの成長に携われるように。
先生たちをがんじがらめにしないで自由にやらせてあげたい。先生の個性を生かすことで、より情熱をもって取り組めるようになるのではないかと思います。子どもって、本来、先生を尊敬しているし、頼りにしているんです。
――子どもの周りの大人たちが、まずおおらかでなければなりませんね。
そもそも、子どもの問題というのは、すべて大人の問題。子どもは白い紙です。大人がどの色のインクを落とすかによって、子どもの色は変わっていく。黒い墨を落とせば、白くはならない。子どもは毎日、なにげないことからも、少しずつ影響を受けているものです。大人たちは、責任重大だという意識を持つべきです。
――どういうことからはじめればいいのでしょうか?
思いを伝えることです。言葉はとても大事です。思っているだけではだめ。まず伝える努力をしないと。
私も監督時代には、どういういう考えで動いているか、選手に理解してもらうことからはじめました。試合前は、多くの選手は自分のことしか考えていない。だから、「君たちは何のために試合をやっているのか?」と問いかけて、目的意識をはっきりさせるということをやっていました。最初は、10人のうち1人でも分かればいい。また、何十年後かに、理解してくれるということもあります。
――そんな王さんが、今先生や子どもたちに伝えたい言葉はありますか?
「帰るとき、行く時よりも美しく」という言葉があります。子どもたちも、先生も、毎日、学校に行く時よりも帰る時は少しでも成長していられるように。一人ひとりが、そういう気持ちを持つことが大切です。