宇津木妙子 1953年埼玉県生まれ。中学校からソフトボールを始め、高校卒業後は実業団チームで活躍。97年に日本代表監督に就任し、シドニー五輪で銀、アテネ五輪で銅メダルにチームを導く。現在は講演会や子どもたちを対象とした教室を全国で開き、ソフトボールの魅力を伝えている。著書に『努力は裏切らない』『宇津木魂』など。 |
――監督時代に「宇津木ノート」という独自のノートを作っていたのだとか。
監督を始めたころは家から通勤していたので選手たちと話をする機会があまりなく、もっと選手一人ひとりのことを理解したいと思って交換日記みたいなことを始めました。
ノートにはその日の練習や体調のこと以外に、寮生活の出来事や先輩の悪口とか色んなことが書いてありました。返事のコメントを書いているうちに、交換ノートだけではわからない、個人の色んなことも知りたいと思うようになりました。生年月日や家族構成にはじまり、夢や目標、その子が考えている自分の性格など、いろんなことを書いてもらいました。チームメートから見たその子の性格も書いてもらい、私なりにまとめていました。そのメモを常に手元において、叱るときの叱り方やチームのポジションを決める時にも参考にしていました。
――子どもたちを育てるうえで、大切なことは?
先生や親には、その子のいいところをどうやって引き出して伸ばしてあげられるかを考えて欲しいと思います。規則やきまりを破る子はなぜそうするのかを考えてみて下さい。
昔、ユニチカ時代に女子寮の寮母をしていた頃、毎週寮破りをする子がいました。ある日の夜、塀の前でバットを持って待っていて、その子が塀をのぼりかけた瞬間に「コラー、何やってるんだー」って叱ったら、「親に見放されてここにきた。私のことなんて誰も何も思ってないんだから何やってもいいの」って言うんです。「ふざけるなー」って叱りました。そしたら「親でも叱ってくれたことがないのに、なんで心配してくれるの」って。「お前のことが可愛いからだよ」って言ったらワーワー泣きました。
二児の母になったその子は、いまでもたまに、子どもを連れて遊びに来てくれます。
人間って、誰かに認めてもらいたいんですね、自分はここにいるよって。反抗的な態度の子も、そうなってしまっているのにはなにかきっかけがあるはずです。その辺を、その子の性格も含めてよく理解して接してほしい。コミュニケーションって、言葉だけじゃない。心が通っているかどうかだと思います。
――小中学校で講演会をされています。
教室で「みんな仲良し?いじわるされてない?」そんな質問をすると、目をそらして下を向いたり、目をウルウルさせたりする子がいます。終ってから話しかけると「大丈夫です」って言う子もいるし、涙ながらに話してくれる子もいます。
先生たちには、子どもたちを上から見るのではなく、この子は今どういう気持ちで話を聞いているのかな、いま顔色が変わったけど何かあるのかな、とか必ず横からも見て、表情の変化も注意してってよく言います。
――子どもたち向けのソフトボール教室も全国で行っているそうですね。
先日、ある会場でノック練習をしていた時に、エラーばかりする男の子がいました。そのうちにお母さんが駆け寄ってきて「うちの子が人前でエラーしているのが可哀想だから辞めさせたい」って言うのです。私は「お母さん、取れるまでやるからね」と断りました。男の子はいまにも泣きそうな顔をしながらやっていましたが、ついにボールをキャッチ。「よかったねー、出来たじゃん」ってその子と抱き合って喜びました。でもお母さんは「息子がみんなの前で恥ずかしい思いをしている」って涙流してるの。「そうじゃないよ、こういうことはいい思い出として残るんだよ。この子が強くなるための一歩なんだからね」ってお母さんに言いました。
苦しいことや悔しいことがあっても逃げて後ろを向かないで、負けないぞーという気持ちをもって前を向いて進んでほしい。困難を自分の力で乗り越えることで、人間って成長できる。すぐに結果がでなくても、その地点まで階段を昇っていった努力は自分のものなんですよね。育ったかどうかは、後でわかること。子どもたちには、それを知ってほしいと思います。