災害体験のショックから少し落ち着いてくると、幼い子どもは地震ごっこを始めることがあります。「トラウマ」(※1)からの回復過程でも起こる自然な反応のひとつなので、その遊び自体が危険なやり方でなければ、止めないで見守って、「わー、揺れてるね、怖かったね」などと声をかけたりするといいでしょう。
ただし、地震遊びを繰り返し行い続けるようであれば、「がんばって遊んだね、ちょっと休憩しようか」と、膝の上に抱きかかえるなどスキンシップをはかり、呼吸法やリラックス法などのリラクセーションを一緒に行い、だんだん、自分自身でもリラックス体験ができるように促していくとよいでしょう。そうすることで「トラウマ体験」を過去に起きた怖い体験として受け止めることができるようになります。
「地震ごっこ」自体は、「災害トラウマ」からの回復過程で子どもたちに起こる自然な反応なのですが、回復過程には個人差があり、「地震ごっこ」を怖がる子どもも多くいます。ストレートに「嫌だ」とか「怖い」とう感情を言葉や表情で表せている場合は分かりやすいのですが、中には、「怖い」という感情をストレートに出せない子どももいます。「地震ごっこ」の周りで、身体をこわばらせて固まっていたり、ぼーっとしたりしている様子の子どもには、こちらから「あの遊び嫌だなあ、怖いなあ、と思っているのかな?」と声をかけることからはじめてください。そして、「怖かったねー、嫌だなあ、怖いなあ、という気持ちは命を守る大切な気持ちだよ」と話しかけ、スキンシップをはかり、呼吸法など簡単なリラクセーションから行うとよいでしょう。
このケースの場合、テレビのニュース映像などが、「トラウマ」の「トリガー」になっていることが考えられます。見聞きした場合に「フラッシュバック」が起こり得ることを知っておきましょう。トラウマの体験の直後には、「トリガー」(TVの災害報道など)を避けることは対処になります。ただし、長期的には災害の話を避け続けることは根本的な解決にはなりません。「フラッシュバック」は回復の過程でも起こることだからです。「トラウマ体験」に関連した人やもの、場所を避け続けると、むしろ心にネガティブな影響が出てきます。まずは、子どもたちに被災後には身体や心の変調は誰にでも起こる当たり前の反応であることを教えます。「ドキドキして、泣きそうになっても心配ないよ」と話し、安心させましょう。「トラウマ」は正しいケアで回復します。対処法を学びましょう。
たとえば、建物が崩れるなど、ゲームの中のシーンや言葉が「トラウマ」の「トリガー」になって、麻痺反応がでている可能性もあります。まずは、眠る・食べる・遊ぶ・学ぶといった基本的な生活の中の活動が少しでもできるように複数提案し、選んでもらう。または、「〇〇したい」という自発的な意欲を引き出せる関わりを続けるとよいでしょう。
遊びに関しては、幼児から小学生中学年ぐらいまでの子どもであれば、しばらくはキャッチボールなど体を動かしながら、人とのやりとりのある遊びがいいでしょう。提案に対して「嫌だ」と言えば、それを言えたことをほめることも忘れずに。また、「トリガー」自体は安全なことを折に触れて伝えましょう。たとえば、「”地震”と言う言葉は聞くだけで嫌だけど、”地震”と言う言葉が家を壊すことないよ」と言ってあげるとよいでしょう。
災害ストレスのように大きなストレスを受けた場合、子どもによっては悪夢を続けてみるようになることがあります。まずは、悪夢は夢の中での「フラッシュバック」(※2)だということを理解して、対処するようにしましょう。
夜泣き叫んだら、「怖かったね」と抱きしめて、「もう大丈夫だよ」と背中をさすってあげるのもよいでしょう。朝目覚めると、夜中のことを覚えていないことがあります。それは、眠っている時に「冷凍保存」された記憶の箱のふたが溶けて「フラッシュバック」が起きても、朝には、記憶の箱が再び凍り付いている状態にあるので、思い出せない、というようなことが起きているからです。「フラッシュバック」は回復途中でも起こります。幼い子どもは、悪夢で少しずつ心を整理していくこともあるので、日中はできる限り楽しいこと、好きなことなどをともに体験して、新しい思い出をつくっていくとよいでしょう。
(※1)(※2)「トラウマ」と「フラッシュバック」
今回の能登半島地震のように生死に関わるような危険に出合うと、心に傷が残ることがあります。そのことを専門用語で「トラウマ」といい、日本語では「心的外傷」と訳されています。「トラウマ」のもとになった出来事を「トラウマ体験」と呼びます。地震が「トラウマ体験」になっている人には、地震ではない揺れや過去の地震や津波映像も強い恐怖を引き起こすものになってしまうことがあります。それは、怖い体験と一緒にその時に見た景色や聞こえていた音、その場のにおいなどがまるで「冷凍保存」されたように脳の中に記録されているからです。そして、その記憶が何かのきっかけにして、一気に解凍され、まるで目の前で起きているかのように生々しく記憶がよみがえるのです。
記憶がよみがえるきっかけとなる刺激を「トリガー」、その時の体験を「フラッシュバック」(再体験)といいます。「フラッシュバック」は、「トラウマ」からの回復過程でも起こります。怖がってトラウマ体験に関係することを避け続け(回避)ていると、逆に心にネガティブな影響を与え、引きこもりやうつなどにつながることもあります。
「トラウマ」は正しくケアすれば回復していきます。正しく知ること、対処法を学ぶことが大切です。
災害後は、子ども、おとなに関わらず、「眠れない」ことがよく起こります。余震が繰り返し起こる中であればなおさらです。そんな中では、まず、避難している場所の耐震性について、子どもに分かりやすく伝えて安心させることが大事です。人や動物は、危機に直面すると、命を守るために心拍を速めるなど、生理的興奮の度合いが高まります。過酷な状況がある程度緩和しても、その生理的興奮が静まらないのです。体が常に緊張している状態です。この状態を「過覚醒」と呼びます。そんな時は、マッサージや体のもみほぐし、リラックス法が有効です。マッサージとまでいかなくても「肩をたたいてもらう」「肩に手を置いてもらう」「疲れている体の部位に手を置いてもらう」といった「してもらう」体験だけで身体や心が少し楽になります。
一方、リラクセーションは、「してもらう」から「自分でゆるめる・自分で動かす」体験です。簡単な呼吸法や遊びの中でリラックスする方法などを身につけておくと、寝つけないときの助けになります。
今回の地震のような大きな災害ストレスを受けた後、幼い子どもは信頼できる人にべったりとくっつき離れられなくなったり、今まで自分でできていたことができなくなったりします。子どものこのような状態は「退行」と呼ばれています。ショックの後の甘えや退行は、回復の第一歩と考えてください。ショックを受けてしばらくの間は、子どもがこうした行動をとっている時には、「いいよ、ついていってあげるよ、一緒にいてあげるよ」と声をかけるといいでしょう。安心感が戻ってくると、子どもの方から離れていきます。
人は、知らないことや分からないことは過大に捉えてしまい怖く感じるものです。まずは、地震の知識やメカニズムを正しく伝えることが有効です。さらには家族で、災害時にどう対応するか、どこに集まるかなどを話し合ったり、備蓄品をチェックしたりなど、もしもの時にも備えていることを理解すれば、ぐっと安心するでしょう。
災害や事故の報道をみて、胸が苦しくなったり、そのことを長い期間気にしたりする様子が子どもに見られる場合は、「共感ストレス」(※3)を受けている可能性があります。つらい状況にある人に共感しながらも自分が何もできないことに無力感を感じ、元気をなくしていくのです。また、同じ内容を見聞きしても関心を示さない人や共感しない人に対して怒りを感じ、それがケンカにつながる場合もあるでしょう。こうした反応を専門的には「二次的外傷性ストレス」、通称「共感ストレス」といいます。子どもたちの優しい気持ちを活かすためにもストレス対処法を身につけるとよいでしょう。また、無力感を感じる時は、「今の自分に出来ることと出来ないこと」を分けて書き出し、整理することで冷静になれます。その上で、自分たちにできる支援について家庭内や学校で話し合うのもよいでしょう。
(※3)解説「共感ストレス」と「ピアサポート」
人には共感力というものがあります。たとえば友だちの失恋の話にもらい泣きしたり、きょうだいの入試合格を自分のことのように喜んだり、ドキュメンタリー番組に出てくる人の生きざまに感動するのも共感力があるからです。このように共感力は人の素晴らしい資質のひとつですが、共感力が高いためにそれが疲労やストレスにつながる場合もあります。
共感ストレスに有効な対処法のひとつに、同じようなつらい気持ちをもっている人たちが気持ちを語り合う「ピアサポート」があります。気持ちを分かち合うことで心の負担を軽くすることができると言われています。子どもたちに冬休み中に気になった出来事をあげてもらい、語り合う場をつくるのもよいでしょう。できれば保護者や教職員のみなさん自身が共感ストレスへの対処法を身に着けておくために、職員室やPTA活動内での実践もおすすめします。
時間が経つにつれ、地震や津波への恐怖心は薄れる一方で、家庭の経済的な問題や先行きの不安などが深刻化し、子どもに影響することがあります。子どもは、おとなが思っている以上に、「親に心配をかけてはいけない」という思いを強く持っています。とくに保護者や教職員が辛そうにしていると、「余計な負担はかけたくない」と自らの悩みを隠したり、無理に明るく振舞ったりする傾向にあります。まずそのことを知り、復興過程で起こるさまざまな問題の影響が子どもに向かないよう、子どもの周りのおとなこそがリラクセーションなどを活用し、自らのストレスを軽減し、落ち着いた状態でいるように努めることが大切です。
*上記の情報は、被災地などから寄せられたご相談やご質問に対し、日本の災害ストレスとトラウマ研究の第一人者である冨永良喜兵庫教育大学名誉教授の監修の下、まとめたものです。
監修:兵庫教育大学名誉教授 冨永良喜(日本ストレスマネジメント学会前理事長)